テーマ

ウクライナがルーシの真の継承者である理由

ウクライナに対する侵略を正当化しようとするロシアのプロパガンダは、ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、裏で糸を引いている西側諸国によって分断されているという言説に依拠しています。ウクライナにおけるロシア語に対する弾圧に関する新たな偽情報や、「3つの兄弟民族の揺りかご」としてのキーウ・ルーシに関する古い迷信を用いて、これを主張しようとしています。ロシアは、「ルーシの土地」を1つの国家に集約する必要性に関する主張を復活させることで、ルーシの歴史を完全に踏みにじろうとしているのです。しかし、「ロシアではなく、ウクライナがルーシの真の継承者」なのです。

無人航空機の夜間任務 アントン・シェヴェリョーウのフォトストーリー

ドローンは、ロシアによるウクライナに対する本格的な戦争における象徴的存在の一つであり、ここ数年で最も急速に発展した兵器のひとつです。特に、補給の途絶により弾薬が決定的に不足していた大砲を強制的に置き返させたという点で、その役割は大きいものとなっています。

文化における非植民地化:ロシアに弾圧されて自分たちのものとされたウクライナの芸術家たち

ウクライナは何世紀にもわたってロシアの植民地だったことから、ウクライナの文化は非常に困難かつ劇的な状況の中で発展しました。「兄」による数々の抑圧、禁止、弾圧により、ウクライナの芸術家は、キャリアや命が危険にさらされても自分たちの文化に忠実であり続けるか、 自分のルーツを忘れて帝国に仕えるか、あるいはこれら2つの戦略をうまく使い分けて切り抜けるか、といった選択を迫られました。彼らの運命はこの選択にかかっていました。だからこそ、ウクライナの遺産としての多くの芸術家の伝記や創造的な作品は、今も再検討される必要があるのです。ロシアがかつて彼らにどのような影響を及ぼしたのかを知る必要があります。

マリウポリの思い出: ドラマ劇場

2022年3月16日、多くのマリウポリ市民にとってシェルターとして使用されていたマリウポリのドラマ劇場にロシア軍の航空機は500キロの爆弾2発を投下しました。この悲劇の日にあたり、Ukraїner / ウクライナーのチームはマリウポリの住民に、ドラマ劇場に関する写真を送ってもらい、その思い出を語ってもらいました。悲劇の場所となる前、この建物は街の中心で待ち合わせや文化的なイベントが行われる場所でした。

1日が1年に感じたとき: ブチャのストーリー

ウクライナに対する大規模な侵略が始まった当初にブチャに入ったロシア兵。この戦争で最初に国際メディアに現れた写真のひとつは、ヴォクザールナ通りにある破壊された彼らの兵器の写真でした。その1週間後、ロシア軍が戻って街を占領し、市民を恐怖に陥れました。ウクライナが占領から解放した後、世界は何百もの遺体の映像に恐怖を覚えました。そのほとんどがヤブルンシカ通りでのものでした。この間、人々は水も電気も暖房もない生活を送っていました。ロシアによる砲撃の下で、食料の代わりに犬の餌を食べている状況でした。

他国におけるウクライナの平和維持活動および軍事・人道的活動

武力攻撃・自然災害・伝染病・経済危機など、ほぼすべての国で大規模な問題に直面する可能性があります。しかし、自国民の幸福を考えるだけでなく、多くの国がグローバルな問題から目をそらしているわけではありません。ウクライナが独立を回復してからロシアの本格的な侵略を受けるまで、国際人道ミッションや平和維持活動にいかに積極的に参加してきたかをお伝えします。

文化財返還とは何か? 第二次世界大戦後とロシアによるウクライナに対する戦争の中での経験

ウクライナの文化遺産の返還問題は、他国の植民地時代や戦後期との関連でも議論されており、「返還」という言葉は勢いを増しています。
この記事では、ウクライナが失った文化遺産を取り戻すにはどうすればよいのか?ロシアの文化的犯罪を裁くことは可能なのか?盗まれた文化遺産を取り戻そうとした他国の経験から、私たちは何を学ぶことができるのか?といった質問への答えを探していきます。

次の投稿を表示する

Ukraїnerをフォローする