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ヘルソン:バラの花びらと地雷の花びら 占領から解放されて3年を迎えるにあたって

ロシアによる占領から解放されて3年を迎えるにあたって、私たちはヘルソンの中心部と郊外を歩き、シェルターに降り、医師や兵士、子どもたち、そして今もバラを育てている人々と話しました。この街が今、どのような姿をしているのかを、この目で確かめ感じ取るためです。占領を生き延び、今も息づいているこの街を。

ボルシチ:ウクライナ文化のコードの一部として

2022年7月1日、ユネスコはウクライナのボルシチを「保護すべき無形文化遺産」に正式登録しました。

ウクライナの国民食であるこの料理は、すでに登録されているウズベキスタンやタジキスタンのプロフ(2016年)、アルメニアのラヴァシュ(2016年)、アゼルバイジャンのドルマ(2017年)、ナポリのピザ(2017年)などと並ぶことになりました。

日本からウクライナに対する支援について

ロシアによるウクライナに対する全面侵略が始まって間もなく、日本は前例にない程の支援をウクライナに対して行ってきました。政治的懸念に対する声明だけでなく、ウクライナとより緊密な関係を築くための機材の購入や資金援助、そしてウクライナとの協力プロジェクトなども行ってきました。2024年だけでも日本はウクライナ支援のために45億米ドルを拠出してきました

情報戦争でロシアに対抗する

現代の情報戦争とは、伝統的な戦争に情報操作・サイバー攻撃・経済的圧力・政治的混乱・心理戦などといった非軍事的手法を組み合わせたハイブリッド戦争の一部です。少なくとも2014年以降、ロシアは世論に対する影響力を含め、ウクライナに対してあらゆる侵略的手段を用いています。したがって、情報戦における効果的な対処もウクライナが勝利するための要素の一つとなっています。

ウクライナがルーシの真の継承者である理由

ウクライナに対する侵略を正当化しようとするロシアのプロパガンダは、ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、裏で糸を引いている西側諸国によって分断されているという言説に依拠しています。ウクライナにおけるロシア語に対する弾圧に関する新たな偽情報や、「3つの兄弟民族の揺りかご」としてのキーウ・ルーシに関する古い迷信を用いて、これを主張しようとしています。ロシアは、「ルーシの土地」を1つの国家に集約する必要性に関する主張を復活させることで、ルーシの歴史を完全に踏みにじろうとしているのです。しかし、「ロシアではなく、ウクライナがルーシの真の継承者」なのです。

文化における非植民地化:ロシアに弾圧されて自分たちのものとされたウクライナの芸術家たち

ウクライナは何世紀にもわたってロシアの植民地だったことから、ウクライナの文化は非常に困難かつ劇的な状況の中で発展しました。「兄」による数々の抑圧、禁止、弾圧により、ウクライナの芸術家は、キャリアや命が危険にさらされても自分たちの文化に忠実であり続けるか、 自分のルーツを忘れて帝国に仕えるか、あるいはこれら2つの戦略をうまく使い分けて切り抜けるか、といった選択を迫られました。彼らの運命はこの選択にかかっていました。だからこそ、ウクライナの遺産としての多くの芸術家の伝記や創造的な作品は、今も再検討される必要があるのです。ロシアがかつて彼らにどのような影響を及ぼしたのかを知る必要があります。

マリウポリの思い出: ドラマ劇場

2022年3月16日、多くのマリウポリ市民にとってシェルターとして使用されていたマリウポリのドラマ劇場にロシア軍の航空機は500キロの爆弾2発を投下しました。この悲劇の日にあたり、Ukraїner / ウクライナーのチームはマリウポリの住民に、ドラマ劇場に関する写真を送ってもらい、その思い出を語ってもらいました。悲劇の場所となる前、この建物は街の中心で待ち合わせや文化的なイベントが行われる場所でした。

1日が1年に感じたとき: ブチャのストーリー

ウクライナに対する大規模な侵略が始まった当初にブチャに入ったロシア兵。この戦争で最初に国際メディアに現れた写真のひとつは、ヴォクザールナ通りにある破壊された彼らの兵器の写真でした。その1週間後、ロシア軍が戻って街を占領し、市民を恐怖に陥れました。ウクライナが占領から解放した後、世界は何百もの遺体の映像に恐怖を覚えました。そのほとんどがヤブルンシカ通りでのものでした。この間、人々は水も電気も暖房もない生活を送っていました。ロシアによる砲撃の下で、食料の代わりに犬の餌を食べている状況でした。

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